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2014年08月01日 (金) | 編集 |





命のお裾分けについて

地球が無くなるのならば動物は子孫繁栄の為に生きていないのは明らかです。

では何故生きているのかというと、様々な感情を知る為。

さらにそれは何故か、までは書きませんが、要は動物は生きるほどに、喜び悲しみ苦しみなど色々な感情を積み重ねます。

それが生の意味です。

勿論(もちろん)1年前より1年後の今の方が積み重なります。

経験もそうですが、感情が積み重なった分、考える事も変わります。

考えが変われば、また受ける感情も新しいものを得ます。

感情を得るはずの生を遮断する事は、生の意味を蔑(ないがし)ろにしています。

人間に取り扱い説明書は付いて生まれてきませんが、よく良心t表現されるように、心が解っているはずです。

今の世界の多くがそうでないのは、自分が生と死の現場に立たないからです。

そこで、間違った都合の良い考え方が埋め込まれてしまっています。

全て残さず食べれば良い、美味しく食べれば牛も豚も鶏も馬も喜んでくれる。

いただきます、ごちそうさま、ありがとう、、、

これこそ間違っている。

宗教と同じようなもので、これさえ信じれば、これさえ唱えれば幸せで居られる、悪者にもなりたくないし、被害者にもなりたくない。

縋(すが)りたい気持ちは解るが、切に切に違うと言いたい。

私達が命をいただく上で立場や心構えをどこにどう持ったって、殺した相手に報いる事は出来ない。

小さいうちから育てた動物も、飼い主の判断で殺されたのなら、苦しみ悲しみ憎しみしかない。

殺されたいわけがない事は誰も分かると思いますが、美味しくて当たり前で美味しいから殺して食べるのだし、お裾分けというなら、動物が自ら殺せ、食べてくれという態度を示した場合。

自然の恵みというなら、屍(しかばね)を啄(ついば)むようなことを指すのだと思う。

殺して食べる、革にして身に着けるということは、ごめんなさい以外にない。

全て余すものなく使い切るというのは、他の犠牲を最小限にする為ということを知らなさ過ぎる。

ただし、理不尽な死を目の当たりに感じる強烈な怒り苦しみ悲しみも、感じ取らなければならない大切な感情です。

これには意味があります。

しかし人為的であってはならないと思います。

皆、他に苦しみを与える役割を持って生きていますから、皆悪人といえば悪人だが、ことに悪人と呼ばれる人はその為に生まれます。

悪人だから生まれるのです。

悪人ほど死刑にされることなく様々な感情を得なくてはいけない。





お腹に子供の宿った母牛がお肉になることが決まりました。

どなたか、山を貸してください。お願いします。




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